日本の出汁文化について


各国の料理にはそれぞれを代表する食材や特徴的な味付け、調理方法などがあります。和食で思い浮かべる特徴とはなんでしょうか?「出汁」と考える人も多いのではないかと思います。今回は、和食の重要要素である出汁について考えてみたいと思います。
 
日本の出汁文化の画像

出汁文化の背景

日本人が「出汁(ダシ)」を使ってきたのは、出汁には「うま味」があるからです。
 
出汁とは読んで字の如く「出てきた汁」です。動物性、植物性の材料を煮出し、あるいは水に浸すことでうま味成分を抽出します。
日本は古くから肉ではなく、汁物や野菜を中心とした食スタイルであったことから、淡泊な味わいの素材にうま味を加える出汁が欠かせないものとなり、出汁文化が発展したと考えられます。
  
また、出汁は食材の持つ本来の味わいを活かす調理法としても重要であり、素材を活かすことが特徴である和食の発展に深く関わっています。

出汁の歴史

出汁の誕生はいつ頃だったのでしょうか。13世紀末に書かれた「厨事類記」という書物の中の「タシ汁」という言葉が見られます。出汁の源流はその頃に遡ることができるかもしれません。「タシ汁」は鯉を食べるための調味料と考えられています。
 
現代と同じような出汁になったのは、15~16世紀頃のようです。当時の料理書に、白鳥を煮て調理する際に用いた鰹節から成る出汁や、出汁をとる出汁袋が登場します。
 
17世紀以降の江戸時代になると、より多くの文献に出汁が現れます。料理書には二番だしについての説明や、昆布が出汁の素材として使用されていることも記されています。昆布と鰹節の双方を用いた混合だしについての紹介も確認できます。また、この頃になると、煮出す手法だけではなく、昆布の水出し手法も用いられていたようです。現代に通じる出汁の使用法は、ほぼこの時代に確立されたと思われます。

出汁の種類と素材

和風出汁には主に以下のような種類があります。

[種類] [素材] [特色]
昆布だし 昆布 上品なうま味
かつおだし 鰹節 凝縮した力強いうま味
煮干だし 煮干or昆布+煮干 苦みを含んだ濃い味わい
アゴだし 焼きアゴ(トビウオ) あっさりとした上品なうま味
一番だし 昆布や鰹節 繊細で香り高い風味
二番だし 昆布や鰹節(一番だしのだし殻) 強いうま味
精進だし 昆布+干し椎茸 精進料理に使われるダシ

 

[主要な素材]

a) 昆布

昆布は北海道を中心に収穫されます。
様々な種類の昆布がある中で、真昆布・羅臼昆布・利尻昆布が主に出汁用として使われます。
出汁用の昆布は2年成長したものを使い、収穫後に乾燥と寝かせの工程を経て出荷されます。乾燥した昆布はうま味成分であるグルタミン酸を豊富に持ちます。

 

b) 鰹節

鰹節はカツオを乾燥し、ある種のカビ菌を噴霧して発酵させることで深みのある濃厚な風味となります。
カツオ以外に、マグロ・サバ・イワシなどの魚も同じように節の原料として利用されます。カツオはタンパク質が豊富で、うま味成分のイノシン酸を大量に含みます。

 

c) 煮干

煮干はイワシ類など、さまざまな種類の小魚を乾燥したもの全般を指します。
煮ることで出汁を取ります。若干の苦味を伴った味わいで、味噌汁や鍋料理などコクのある料理に向いています。
なお、生の魚では、うま味成分であるイノシン酸は時間の経過とともに減少してしまいますが、原料の生魚を一度煮ることで、イノシン酸の分解酵素の働きを止めることとなり、イノシン酸が多く残ります。また、煮た魚を干すことで水分が減り、うま味成分も濃縮されます。

 

d) 焼きアゴ(トビウオ)

トビウオは脂質が少ないため、出汁は上品であっさりとしていて、高級品として扱われています。
漁獲後に焼き上げられたトビウオは、4~5日間干されることでうま味が増幅します。中途半端な乾き具合だとカビが発生するため、徹底的に乾かします。焼きアゴを水に浸して一晩置いたのち、火にかけて煮出して出汁をとります。

 

e) 干し椎茸

植物性出汁として昆布の次にポピュラーなのが椎茸です。
風味を引き出すために椎茸を乾燥し、それを水に浸すことで出汁にします。精進料理(仏教の菜食料理)の厳しい素材制限をもクリアできる出汁です。

うま味を司る出汁

うま味とは、味覚神経で感じる4つの基本味「甘味・酸味・塩味・苦味」の後に発見された、第5の味と定められたものです。この5つの味覚は五味と呼ばれています。
 
ちなみに、辛味は痛みなどと同じような刺激として、痛覚や温度覚で感じ取るものであるため、味覚神経で感じる五味とは別のものとされています。そして、様々な素材からうま味を抽出した液体が出汁なのです。
 
うま味成分は以下の3系統に分類されます。
・アミノ酸系
・核酸系
・有機酸系
 
アミノ酸系うま味物質の代表格はグルタミン酸です。
我々は赤ん坊のときに母乳を飲みますが、母乳にはグルタミン酸が含まれているのをご存知でしょうか。我々は幼児期からしっかりと「うま味」を味わっているのです。
グルタミン酸は海藻、野菜、チーズなどに含まれていますが、昆布出汁のうま味成分として最もよく知られています。
 
核酸系うま味物質の代表格はイノシン酸です。
イノシン酸は肉や魚などの動物性食材に多く含まれています。中でも鰹節がポピュラーです。
干し椎茸などの乾燥したきのこに含まれるグアニル酸もイノシン酸と同様に核酸系に分類されます。キノコ類は乾燥させることで細胞壁が壊され、グアニル酸が生成されます。
 
有機酸素系うま味物質の一つがコハク酸です。
コハク酸は貝類や清酒のうま味成分で、酸味、苦味などを含みます。添加量によってはエグ味が生じるため、コハク酸をメインにした調味料は一般的ではありません。料理の隠し味として、貝類の煮出した汁や酒を少量加えるのはこのためです。

うま味の相乗効果をもたらす混合出汁(合わせだし)

異なる系統のうま味成分を組み合わせると、感じるうま味が増幅します。具体的にはグルタミン酸(昆布)×イノシン酸(鰹節)、グルタミン酸(昆布)×グアニル酸(干し椎茸)の組み合わせが、うま味の高い相乗効果をもたらす組み合わせとしてよく知られています。イノシン酸とグアニル酸は異なるうま味成分ですか、両方とも同じ核酸系の成分であり、この組み合わせではうま味の相乗効果は起きません。
 
グルタミン酸×イノシン酸の組み合わせで、うま味を一番強くする成分配合比は 1:1 です。それぞれ単独で味わう時に比べて、およそ7~8倍ものうま味の強さになるとされています。なお、 1:1 のうま味成分に必要な「昆布と鰹節の合わせだし」の昆布と鰹節の分量は、 1:2 です。
 
なお、ベジタリアンやビーガン向けには、グルタミン酸(昆布)×グアニル酸(干し椎茸)の混合だしで対応できます。

東西の出汁事情

17世紀以降の江戸時代に蝦夷地(北海道)の開発が進み、昆布の生産が増加しました。同じ頃、太平洋側よりも安全な、日本海側をルートとする北前船の航路が確立されました。このことで、昆布は京都や大坂、さらには江戸にも大量に流通するようになりました。この昆布の流通網は「昆布ロード」と呼ばれていますが、九州、琉球(沖縄)までつながり、最終的に昆布は清国(中国)への朝貢品にもなっていました。
 
こうして昆布は広く利用されることになりましたが、関東と関西では出汁事情に差があります。関東では主に鰹節が使われ、関西では主に昆布が使われます。現代にも続く関東と関西における出汁の違いの理由は主に2つ考えられます。
第一の理由は流通の観点です。当時、北前船で北海道から京都や大坂へ運ばれると、良質な昆布から売れました。そして、売れ残ったものが江戸で消費されたため、関東では関西ほど昆布だしが発達しなかったとするものです。
 
もう一つの理由としては、水質の違いが考えられます。硬度が低い関西の水は昆布だしを引き出すのに適していますが、硬度が高い関東の水は関西に比べ昆布だしが出にくいといわれています。そのため、濃い出汁を取るために、関東では鰹節が主に使われるようになったとされています。
 
また、九州の一部ではアゴだし(トビウオを焼き干したもの)も使われています。このように地域の特色に応じた出汁が生まれました。
 
出汁のための昆布の画像

出汁=和食の命

和食といえば素材の持ち味を生かすことに特長がありますが、その素材の味を引き立たせるために必要不可欠なものが出汁です。出汁の料理と言われるくらい、和食において出汁は重要な存在です。
 
出汁が発展した背景には、和食は歴史的に野菜中心であり、脂肪やタンパク質が少なく味わいが淡白なものが多かったことも考えられます。淡泊な味わいの素材をより豊かな味わいにするために、うま味、つまり出汁が求められたのです。現在では、うまみ(umami)という日本語そのままの形で、広く世界の料理人に認識されています。
 
出汁を取る食材も昆布や鰹節だけとは限りません。イワシ類の煮干し、トビウオの焼干し、キノコ類、豆類など、土地々々で獲れる食材を巧みに利用してきました。出汁は取る食材によって味わいが変わります。また、素材の違いだけではなく、出汁を取る順番でも大きく味が変化します。一般的に出汁は2回取ることができ、1度目にとったものを一番だし、2度目にとったものを二番だしといいます。
 
一番だしの特徴は上品な味わいで、お吸い物や茶わん蒸しなどに使われます。一方、一番だしのだし殻を更に煮出す二番だしは濃くて力強いうま味を特徴に持つため、しっかりと味付けを行う煮物や味噌汁に使用します。
和食には出汁という命があってこそ、ここまでの発展と進化をしてきたと言っても過言ではありません。

健康的とされる出汁

出汁は脂や砂糖と同様に、味覚を満足させる特性を持っていると考えられています。しかし、鰹節や昆布は脂や砂糖と違って常用的に使っても害はなく、逆に多くの健康上のメリットがあると考えられています。
 
出汁の主軸成分となるグルタミン酸とイノシン酸が食事の満足感を高め、満腹感を引き出して食欲を抑える効果があるとした研究があります。
 
また、塩分や糖分や脂質の取りすぎを防ぐ効果もあります。料理を美味しく食べるには一定量の塩分・糖分・脂質が必要ですが、取りすぎると様々な生活習慣病を引き起こします。うま味は少量であっても味覚を満足させられるため、塩分・糖分・脂質などの過剰摂取を抑えることができると考えられます。
 
出汁は満足度の高い食事と健康的な食事に大いに貢献する存在と言えそうです。
 
出汁をとった味噌汁の画像

まとめ ~出汁文化=創意工夫の集積~

和食の肝ともいえる出汁は長い歴史の中で進化し、今や世界でも高い評価を受けています。素材をより美味しくするために重ねられてきた創意工夫の産物であり、また単に美味しさを増す調味料というだけではなく、健康にも寄与する側面をも併せ持っています。
 
世代を超えて受け継がれた、磨き上げられた出汁文化には歴史を感じ、奥深さを感じます。
 
 

この記事を書いた人

食いしん坊侍 代表 大森 弘理
食いしん坊侍 代表 大森 弘理食いしん坊侍 代表
2009年にBFK㈱を設立し、「食いしん坊侍」商品を開発、展開。
食材や料理の背景にある自然や歴史にも強い関心をもって活動しています。機会を見つけて生産現場に赴き、時には漁師体験をさせてもらい勉強しています。

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