現在は食いしん坊侍の仕事に携わっていますが、以前、私は妻とアメリカのオレゴン州ポートランドに10年移り住んでいました。
当地に娘家族が住んでいて、それまでの数回の訪問で気に入ってたので、40年余り住んだ東京を引き払いました。現在は少し治安が悪化しているようですが、その当時のポートランド市は全米で「住みたい街」の上位にあり、比較的治安が良く、エコロジーに対する意識の高い人達が多いとも言われていました。
また、「Keep Weird」という言葉をよく目にしました。直訳すると「変であれ」ですが、個性を大事にしようというほどの意味でしょうか。多様性に寛容なカルチャーがあるのは間違いないと思います。
オレゴンの気候風土
オレゴンはアメリカ本土の中でノースウエストと呼ばれる西海岸に位置する州です。
この地の夏はカラッとしているため、気温の割に体感温度は低く冬は小雨が降る日も多いですが、その湿度のお陰であまり厳しい寒さを感じられません。美しい四季もあり一年中を通して凌ぎやすいのです。
緯度的には北海道の稚内とほぼ同じ位ですが気候はかなり異なります。
それは、オレゴンの海岸に夏にはアラスカの寒流が流れ、冬にはメキシコ方面からの暖流が流れるためです。
このような気候風土によって、オレゴンには独特の食が育まれています。
オレゴンの水
ポートランドに住み始めてからまず気に入ったのは水です。
水は食の基(もとい)ですので、水を美味しいと思えたのは私にとって幸運なことでした。カラッとした気候も関係するのか、ヒンヤリとして美味しく感じました。ブリュワリーやワイナリー、コーヒーローステリーが多いことは、水が美味しいことと関係があるのではないかと思いました。
オレゴンの水はフッド山(富士山と形がよく似ている美しい独立峰で、高さもほぼ同じ)の山麓から取られており、pHは7.2〜8.2のアルカリ性の弱軟水です。
そのため、ここで育った子供たちは歯磨きをしっかりしないと虫歯になりやすいというマイナス面もあると聞いたことがあります。弱軟水のため硬水によく含まれるフッ素系成分が少ないからだそうです。
オレゴンの地ビールとワイン
オレゴンにはブリュワリー(ビール醸造所)が多く、ポートランド市内だけでも70近く存在し、市民の人口当たりでは世界一とも言われています。
それぞれ独自の特色を謳っていて、クラフトビールのメッカです。娘婿がクラフトビールに詳しいので、あちこちのブルワリーに連れて行ってもらい大いに楽しみました。あまりにも美味しいビールを愛飲しすぎたせいで痛風を発症したこともあります。この時は、毎日お気に入りの水をたくさん飲み続け、2週間で痛みは消えました。
また、多くのワイナリー(ワイン醸造所)がワシントン州との州境のコロンビア渓谷沿いやポートランド南西部の丘陵地帯にあり、ピノ・ノワール系をはじめとしたワインを生産していて、カリフォルニア産ワインと並んで頑張っています。
日本からの友人夫妻をオレゴンのワイナリーに案内して、とても喜ばれたことがあります。通訳兼ドライバーの娘に引率してもらい、2軒のワイナリーを訪ねました。お花がいっぱいのベランダでブドウ畑を眺めながら、美味しいおつまみとワインを頂きながらのおしゃべりは非日常的でゆったりとしていて、今でも鮮明に思い出されます。一方のワイナリーでは大統領が海外の首脳に振る舞うワインに選ばれたこともあるそうです。
コーヒー好きのオレゴニアン
ポートランド近郊には数多くのコーヒーローステリー(焙煎所)があり、コーヒーの街としても有名です。
ポートランド発祥のスタンプタウン・コーヒー・ロースターズはニューヨーク、シアトル、ロサンゼルスなどに出店しています。他にも市民に愛されている地元の焙煎所は数えきれず、私も近くの焙煎所によく足を運んだものです。
余談ですが現在住んでいる沖縄にも美味しい焙煎所が近所にあり、ペルー産のオーガニックの豆などを販売してくれています。オーナーによると、弱アルカリの水でコーヒーを淹れると美味しいとか。オレゴンの水はpHが7.2〜8.2の弱アルカリ性であり、コーヒーに注ぐ水としては最適なのです。
オレゴンの牡蠣
次に食材について見ていきましょう。
夏に寒流、冬に暖流の流れるオレゴンの海は魚介類の種類も豊富です。
とりわけ、オレゴンでのおすすめは牡蠣です。お隣のワシントン州では日本で暫く取れなかった「クマモト(シカメガキ)」という牡蠣が有名で、オレゴンでもよく出回っています。この牡蠣は熊本から輸出されていたもので、アメリカで人気を博し、今ではワシントン州で養殖されています。一般的に日本で食べられている養殖の牡蠣と比べてちょっと小ぶりの牡蠣ですが、身が引き締まり味は濃厚です。
オレゴン産の牡蠣で美味しいのは天然の「岩牡蠣」で、大きいものなら貝殻で女性の手のひらサイズの物もあります。
身はプリプリで引き締まり、大きい割には味も濃厚でとても美味しい。牡蠣は自分で動き回れないため、プランクトンが豊富な、川が流れ込む浅い入江を好みます。ワシントン州やオレゴン州は海岸の近くに豊かな森を抱えた山脈が南北に走り、海からの風がその峰々にあたり雨を降らせ、その雨が川となり養分を含んだ水を入江に注ぎ込むため、牡蠣の育成に適しているようです。
冷やした白ワインに氷で冷やした生牡蠣をつるりと喉を通す!思い出しただけで堪りません。
オレゴンの魚
オレゴンの魚と言えば、サーモンでしょう。
サーモンは一年中グロサリーストア(アメリカでは大型スーパーのみスーパーマーケットと言い、一般的なスーパーのことをグロサリーストアと言う)で売られていて、オレゴンで最もポピュラーな魚です。数あるサーモンの中でも最も大きな「チヌークサーモン」が最も人気があるようです。「キングサーモン」と呼ばれることもありますが、一般的にはアラスカ産をキングサーモンと呼んでいるようです。
脂ののったものは刺身、マリネ、塩焼き、バーベキュー、ホイル焼き、バター焼きなどが美味しいです。また、スモークサーモンも絶品です。サーモンの魚卵である「筋子」はこちらでは魚を釣る釣り餌としてしか用途がなかったのですが、近年は寿司ネタとしてその美味しさが見直され、全米でも重宝され、マーケットで売られるようになりました。
近海で獲れるものに「オレゴンマグロ」があります。
地元では「アルバコア」と呼ばれています。所謂日本で「ビンナガマグロ」と言われているもので、本マグロに比べ小さく、体長が1m前後しかありませんが、弾丸のような筋肉質の魚体で、8月末から9月にかけ、海流に乗ってやってくるイワシなどの小魚を追ってオレゴン沖に回遊してくる魚です。
20〜30年前は近海に回遊していましたが、海流の変化なのか現在は、100〜150km以上沖に出ないと獲れないようです。以前は漁師泣かせの魚で、中々引き取り手のつかない、安価な魚でした。しかし、近年マグロは世界的に消費されるようになり、寿司ネタとしても人気がありますし、ツナ缶として広く流通しています。
オレゴンの蟹
次に、蟹です。
アラスカからメキシコまで分布するアメリカワタリガニがあります。アメリカでは「ダンジネスクラブ」という呼び方が一般的で、ダンジネスというのはワシントン州の漁村の名です。
オレゴンの海岸では夏を除く時期に獲れます。オレゴン州在住であれば、許可証を購入して獲ることができます。
獲り方はいたって簡単。ボートか小型の船に乗って、カゴ(クラブポッド)の中に魚の頭や内臓を入れ、海の所々にたぐり紐を付けて沈め、数時間して引き上げます。ボートや船がない場合は船着場の桟橋や防波堤から紐をつけたカゴを海に沈めます。多い時には1カゴに20匹も入っていることもあります。
ただし、1人12個までで、15cm以下のものと雌はリリースしなければいけません。違反すると最高15,000ドルの罰金か最長1年間の実刑が課せられることもあるそうです。なかなか厳しい罰則ですが、資源保護という観点では有効ですね。
獲れた蟹は直ぐ塩水の熱湯に入れ20分程度茹でて、その後冷やして食べます。甲羅に付いたミソは日本酒と卵を入れて食べると絶品です。
オレゴンの貝〜貝掘りの記憶
オレゴンでは貝も美味しいです。
お店で買って食べるのも良いですが、潮干狩りも楽しいです。貝掘りにも許可証が必要で、10ドルほどでしたが、1人20個迄に制限されています。貝の種類はトリガイ、バタークラム、ミルガイ、レーザークラムそしてムール貝等です。
たしか6〜7月だったと思うのですが、家族でガルバルディというビーチへ貝掘りに出かけた時、砂浜で貝を掘るのではなく、海に入って取るのには驚きました。この時期でもオレゴンの海は冷たく、泳いでいる人はなかなか見かけません。
娘は腿までの長靴を履いていましたが、それでも冷たさが耐え難いと言っていました。妻は海に入る勇気がなく眺めているだけで、娘婿は孫2人のお守りをしていました。主力は還暦を過ぎた私です。結果、娘と合わせてバタークラムを60個ほど取りました。大人4人分の許可証の範囲内でした。
膝まで海水に浸かり、足で砂地を探りながら取ります。貝は海藻のある砂地を好みますので、そういうところを重点的に足でまさぐり、コリっと石を踏んだような感覚がすればそれが貝であることが多いのです。
専用の細長いシャベルもあるようですが、私は素手と足裏の皮膚感覚(裸足)だけで砂地の中の貝を探し当て50個位取ったので、娘からはそれまでにない程のお褒めの言葉をいただいたのをよく覚えています。帰宅し一晩塩水に入れて砂吐きを行い、クラムチャウダーやバターソテーにして家族一同で美味しくいただきました。
オレゴンの肉
オレゴン州には海岸線に沿って南北にコースト山脈、その山脈の東側(内陸側)には南北にカスケード山脈があります。カスケード山脈の東には北に広大な草原と南には砂漠が広がっています。至る所で牧畜業が行われていますが、とりわけこの広大な草原地帯で牧畜が盛んです。
コースト山脈とカスケード山脈に挟まれた南北に長い地帯では、果樹や野菜などの畑作物の栽培の他に、ニワトリや豚の飼育も行われています。オレゴンではナッツ類全般を豊富に生産していますが、中でもヘーゼルナッツの収穫量は全米一です。豚の飼料としても使っていて、独特の風味のある豚肉を育てています。
牛、豚、ニワトリの飼育はその広い飼育地を活用して、ほとんどが放牧で育てられているため脂身の少ない肉です。
アメリカ人は鶏肉の中でもモモ肉より脂身の少ないムネ肉(日本とは逆で胸肉の方が高価)、牛肉では脂身の入った肉より赤肉を好む傾向があります。しかし、最近は日本の霜降り肉の美味しさを知り、レストランでもオレゴンで生産されているのにブランド品として「コウベビーフ」がメニューに載っています。
私の大好物である「すき焼き」や「生姜焼き」用の薄切り肉は、アジアンマーケットでしか販売されておらず、殆どのお店ではブロックか骨付きの肉が主です。
バーベキューソースに漬け込まれた骨付きビーフやポークは、大抵の家庭ではその家のお父さんが庭でバーベキューの火を起こしてビールを飲みながら焼きます。週末の天気のいい日に、外を歩くとあちこちで肉を焼くいい匂いがしてきてビールが飲みたくなり、お腹がグルグル鳴り出します。
オレゴンの野菜・果物事情
根菜類や葉物野菜はポートランド近郊の農場で採れます。
果物もサクランボ、リンゴ、ナシ、ブドウ、そしてイチゴ、ブルーベリー、マリオンベリー、ブラックベリー、ラズベリーなどのベリー類が州北部のコロンビア渓谷沿いやカスケード山脈の西側の盆地で豊富に採れ、ピッキングさせてくれる農場もあります。家族で色々なピッキングを楽しんだものです。
オレンジなどの柑橘類は州の南側に隣接する北カルフォルニア、そしてバナナ、パイナップルなど南の果物は中南米から「I5」と呼ばれる国道で入ってきます。その旬に合わせて新鮮な野菜や果物を口にすることができ、2010年代当時は比較的値段も手頃に感じました。
オレゴンの乳製品
ポートランドから真西に行ったオレゴン州の海岸線に位置する人口5千人あまりの町、ティラムック。この町には不釣合いなほど大きな乳製品の工場があります。このティラムック社製のチーズやバターなど乳製品は全米に供給されています。
夏は寒冷、冬は湿潤な気候が牛と牧草の生育に適しています。潮をタップリ含んだ風が牧草のミネラル分を多くし、独特の味を生み出しています。濃厚でいて塩味の効いたスッキリとした後味は、誰からも愛されています。
環境に優しいグラスフェッドのローカルな牧場もたくさん存在しているのも、オレゴンの土地の豊かさと人々の環境意識への高さを表していると思います。
オレゴンのキノコ類
最後に、取っておきの食材はキノコです。
以前は秋にポートランド近郊でもたくさん採れたようですが、最近はオレゴン州南部の人里離れたところでしか採れないらしいです。それまでは一握りの人が自分で食べるために採っていたのですが、最近は販売のために採取する人が増えているそうです。
アジアンマーケットのレジで見かけたことですが、マツタケをよく知らない人が1ポンド(約450g)50ドルと聞いて驚きキャンセルしていました。他のキノコに対して、オレゴンでもマツタケは高価です。グロサリーストアの他に、土曜日のファーマーズマーケットでも新鮮なキノコ類を買うことができます。
娘がマツタケを沢山分けてもらったことがありました。
松茸ごはん、土瓶蒸し、パスタなど色々に調理して、何十年振りかでたらふくマツタケを頂きました。日本のものより傘や軸の色が薄く、香りも若干弱いように感じましたが、満足感は充分でした。他にシャンテレル(あんず茸)という高級キノコがあり、バターと醤油で炒めたものを初めて頂きましたが、とても美味しかったのを覚えています。
トリュフを分けてもらったこともあります。
不勉強で、トリュフはフランスやイタリアでしか獲れないものと思っていましたが、オレゴンでも採れるようです。ご存知のようにトリュフには白トリュフと黒トリュフの2種類あり、分けてもらったのは黒トリュフ2個でした。
これまで、結婚式などでトリュフ入りの何かの料理が出てきた記憶がありますが、正直なところトリュフの味はよく分かりませんでした。娘はその1個をチーズおろし金でパスタの上に存分に削りおろしました。そのパスタを口に運び噛み締めた時、奥深い複雑なスパイスのような香りが口から鼻に一気に抜けて、まるで魔法にかかったかように、パスタを何倍にもランクアップさせて、おいしさが口の中一杯に拡がったのです。食卓を囲んだ家族もお互い顔を見合わせて「美味しい!!」と、感嘆の声をあげました。
もう1個は翌日卵に振りかけてオムレツで頂き、これも絶品でした。
世界三大珍味と言われるものがあるが、トリュフは間違いなく美味しい!
まとめ
ポートランドに住んでいた時、家では日本の料理法でオレゴンの食材を食べることが多かったように思います。それでも外食に行くこともありました。和食のほか、イタリア、スペイン、ギリシャ、メキシコ、タイ、インド、ベトナムの料理店に行き、ハンバーガーチェーン店にも孫たちと行きました。
ポートランドは街の規模に比してレストランの数がとても多く感じました。このことを私は不思議に思い、レストラン経営をしていた親しい知人に尋ねたことがあります。
その彼が言うには「とにかくオレゴンはあらゆる食材が豊富で新鮮!腕に自信のある料理人はここで自分の店を持って挑戦したいと思うのですよ。競争も激しいので、もしここで成功できたならどこへ行っても成功間違いないのでね。」とのこと。
今回、改めてオレゴンの食を振り返って、食材の豊富さや魅力を再発見しましたが、彼の言った言葉には十分に納得する想いです。
余談ですが、この知人はハリウッドで人気の日本食レストランのオーナーシェフを長年しており、全米各地の日本食レストランの監修も行っていました。そんな彼の一番のこだわりは一番のこだわりは「出汁」です。レストラン経営中は、「昆布とカツオの出汁」は自分で取っていたそうです。
そのレストランによく通っていたあるイスラエル人が母国に戻ったあと、自分の誕生日に料理を作って欲しくて、知人ご夫婦をイスラエルに2週間招待しました。その時にも、昆布をどこから調達したのか、準備してあったとのこと。美味しさの秘訣は出汁という知人の考えはこのイスラエル人の方にも伝わっていたようです。食いしん坊侍として、日本人として日本食の美味しさを代表する昆布を海外の方に理解いただくのは非常に嬉しいことです。
人間は楽しく明るく過ごすことが第一の幸福だと思いますが、食を楽しむ事、その幸せを人と共有することで幸福感のかなりの部分をカバーできるのではないかと思います。オレゴンでの10年を振り返ると幸福な記憶でいっぱいです。オレゴンは美味しい!!
この記事を書いた人
- 青井 三郎
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食いしん坊侍のスタッフ青井三郎。
戦後、奈良に生まれて大阪で育つ。6人兄弟の末っ子だったせいか、幼少の頃から食べることへの執着が強い食いしん坊だった。
野球少年だったが読書好きでもあり、日本や世界の文化や歴史に強い興味を持つ。大学時代には世界に触れたい欲求が高じ、1ドル360円の時代ではあったが、ヨーロッパ、南米、アフリカを3か月ほど巡る旅をした。結婚し東京で4人の子供を育て終えると、アメリカ西海岸のポートランドに10年間住む。
現在は、美しい海と温暖な気候に惹かれて沖縄に移り住み、気儘に読書や釣りやゴルフを楽しんでいる。
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